(2)大室山(リフト登山)お鉢回り、桜の里見学。
大室山さくらの里に到着。海へと流れ続く、膨大な大室山溶岩流にポッコリと小室山が乗るように見える。
スコリア丘である大室山の形成史も、わかりやすく解説。
さて、この地形、溶岩流が先か?スコリアの噴出が先か?
答えは、スコリア丘の形成が先で、溶岩流がシャボテン公園あたりを火口に流出した。
そのために、裾野を引かない、大室山のポッコリ地形ができている。
大室山山頂から、箱根、丹沢方面を望む。伊豆半島が衝突していることが実感される景観。
「伊豆半島の衝突」をCGで表現してみた。
富士山も、箱根火山も、伊豆単成火山群も、火口は、南東→北西方向に並ぶ。フィリピン海プレートの進行方向に火口が開く傾向がある。大室山火口内にも、北西方向に小さな噴火による塚ができている。
大室山お鉢回り。
大室山溶岩流が海に向かう景観。
CGで表現した、伊豆単成火山群と海に流れた溶岩流。
絶景を背景に、参加者記念写真。
大室山の地層標本まで展示してあり、地学の社会教育として資源が充実している。
大室山に向かうバス車中から観察できる、大室山麓の、地層。白いガラス質の地層。838年、神津島天上山の噴火によるテフラとされる。
気象庁の火山データによれば、「大規模:マグマ噴火・マグマ水蒸気噴火→マグマ噴火 天上山噴火:8月11日~。火砕流・火砕サージ→火砕物降下→溶岩ドーム。噴火場所は天上山。 関東・中部・近畿に降灰、天上山形成。火砕流が海に流入、富士山周辺では天上山起源の火山灰が確認された。 マグマ噴出量は0.66 DREkm3。(VEI4)」とある。
(4)「佛現寺」墓碑に津波(元禄、大正関東地震) の人的被害を知る
ここからは、金子浩之氏のご案内で、伊東市を見下ろす佛現寺に江戸時代の墓碑から、伊豆の津波被害の実態を学ぶ。
大正関東地震では、105人、元禄地震(1703)では、163人の犠牲が供養塔に刻まれている。
墓碑の消えゆく字を読み取り、過去帳と照合して、伊東市の津波被害の実像を調査してきた金子氏。金子氏が読み取った墓碑の文字からは、家族を津波で失い、苦労して墓碑を建立した江戸時代の人の喪失感が伝わってくる。
地震→津波→高台避難という避難行動は、東日本大震災でも困難な課題であった。江戸時代では、地震→津波という概念は人々の中にあまり確立していなかったのではないかと、金子氏は指摘する。
リンク「伊豆新聞」「熱視線=明応四年、関東地震の証拠見つける」
伊豆半島ジオパーク HP
ジオテラス伊東HP
謝辞
講師として貴重なご案内をいただきました、田畑あさえ氏、金子浩之氏に感謝申し上げます。
見学及び開会行事にご協力いただきました、ジオテラス伊東様のお礼申し上げます。
伊豆半島ユネスコジオパークとしての、地学解説、整備には、目を見張るものがありました。
伊豆半島ジオパーク推進協議会をはじめ、地域の地学教育普及にご尽力されている皆様に心より敬意を表します。